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2019年12月26日

ピアジェ|発達理論

ピアジェ|発達理論




Piagetの発達理論

Piaget(1896-1980)は、10歳で白スズメの観察論文を寄稿し、15歳で軟体動物の研究論文を出すなど、非常に早熟な動物学者として注目されていました。20代に入ると動物から、人間の発達、特に人間の「知性」に興味関心を向けるようになります。

ピアジェの仕事をまとめて言えば、「知的な発達に絞って発達プロセスを追った」というものです。

ピアジェは動物学者だったので、生物が環境の中でどのように成長するかを観察してきましたが、その知見が理論の構築の随所に活かされることになります。ピアジェが注目したのは「どんな力が知性の発達を推し進めるのか」でした。




同化・調節・均衡化
ピアジェによると同化とは「外的現実を自己の活動の形態に取り込み、それを構造化すること」としています。

人間の知性も、外界から与えられた体験を取り入れて、それによって外界や体験への自分なりの「捉え方」を作ります(すなわち、「同化」するわけです)。これによって人間は自身を変化させ、変化以前ならば利用できなかった外界の事物を利用可能にします。

同化によって成長する一方で、生物は環境からよりうまく取り込みができるように、より安定した生存が可能な方向へ自身の身体や活動の在り方を変化させようとします。

水や二酸化炭素を取り込むこと(=同化)で成長した樹木が、より取り込みがしやすいように枝葉や根を広げるように。

こうした変化のことをピアジェは「調節」と呼びます。

ピアジェは、生物が同化と調節を繰り返しながら、環境によりよく適応していくとし、これが発達のプロセスであると考えました。そして、これを継続的に行っていくには、環境の在り方と自身の在り方との間に調和的・安定的なバランスを保たせようとする力が必要になります。

この力のことをピアジェは「均衡」と呼びました。

ピアジェは、同化-調節の働き(均衡化)が、生物を発達させる原動力だと考えました。




ピアジェの人間観・シェマ
ピアジェの人間観は「主知主義」(精神の本質を「知性」におき、合理性・論理性が精神の本質とする、という考え)です。
ピアジェの精神発達論は、知性のはたらきがより高い合理性を備えたものへとステップアップする道筋として描かれています。


人間の知性は外界の取り入れることで、自分なりの「捉え方」(同化)を形成していきます。
ピアジェはこの自分なりの「捉え方」を指して「シェマ」と名付けました。

養育者が空に飛んでいるものを指して「鳥だよ」と教えることで、空を飛んでいるもの、空から降りている鳥と呼ばれるものの形状、その前後の動きなどとセットにして「鳥」という感覚的な捉え方になり、これを全部ひっくるめて「シェマ」とされます。


このままだと「鳥」は飛べるものというシェマだが、飛ばない鳥(ダチョウ)を前にした時に、そのシェマの改変が求められます。

「飛ばないから鳥じゃないね」「飛ばない鳥もいるんだよ」などがわかりやすいやり取りですね。

上記は言語的に書きましたが、実際はもっと感覚的なレベルも含めたシェマの改変、作り直しが「調節」となります。




ピアジェ理論の特徴と問題点
このように、経験の積み重ねで同化-調節を繰り返し、より複雑で高度なシェマを作り上げ、より環境に合理的に適応していくことが知性の発達である、と考えるのがピアジェの発達論の原理です。

この際の外界との関係は受身的なものではなく、能動的に構成づけて、主体的に捉えなおす働きとピアジェは考えています。




ピアジェは自身の子どもの観察から、こうした能動性・主体性が乳児期から発揮されているという事実をつかんでいたとされています。

ピアジェの問題点として、上記からもわかるように、子どもの主体性を強調しすぎていることが挙げられます。

子どもが、大人との精神的交通を通して認識を獲得していく過程を捉えることが難しい(間主観性が読み取れない理論)のがピアジェの理論です。




発達の4段階
ピアジェはシェマの発達等を4つの段階に分けています。
これは「ピアジェが来日し、鮨屋に行った時に「ツナがイイ」と言った」で覚えましょう。
「ツナがイイ」=「27が11」です。


この4段階は、0歳~2歳、2歳~7歳、7歳~11歳、11歳以降で区切られています。
この2と7と11を覚えておけば良いわけです。

あと、ツナ(27)は保存がきかないので、
2歳~7歳の前操作期までは「保存の法則」が形成されていません。
(実際にツナが保存がきかないかは知りませんけど)。


感覚運動期(0~2歳)
乳児が試行錯誤を繰り返しながらの探索(「循環反応」)を通してなされる同化と調節によって、外界や体験についてのその子なりの認知的なシェマを作り出していく(主体的・能動的な知性とみなせる)。

言語以前のシェマなので、論理性は持たず、感覚や運動などの直接的な生の身体体験から構成された世界。

「いないいないばあ」を通して“事物は見えなくなっても在り続ける”というシェマが出来上がる(「対象の永続性;普遍性」)。加えて、物事と物事の間には「つながり」や「因果」があることを捉えていく(永続性なしの因果(論理性)は虚しい)。
論理的に世界を捉え、それに基づいて世界を生きるという知性のはたらきの土台がこの時期に準備される。


前操作期(2~7歳)
言語の習得により、意味や約束をもって概念的な思考が可能となる。

ピアジェはこの時期のポイントを、ある事柄を別の事柄で表す「象徴機能」が現れる点にあるとし、これが言語獲得に重要な役割を果たすと考えた(「猫」を「ニャー」という全く別のもので象徴するのが言語だから)。

対象が知覚野から消えても存在が消えない(永続性)ことは理解できても、知覚上の形が変わっても量は変わらないという「保存」の理解は育っていない。永続性は母親の顔の出入りという体験事実で足りるが、保存は「量とは加減しない限り同じ」という論理が必要。

丸い粘土⇒引き延ばした粘土⇒また元の丸い粘土、という頭の働かせ方は「可逆操作」と呼ばれ、前操作期ではまだこれができない。
物事を相手の視点に立って捉えるという認識の仕方も育っていない(三つ山課題・自己中心性)。

実物が目の前に無くても、それがあるかのように振る舞えるためには内的表象の発達が必要で、ピアジェはこれを「記号機能」と称し、前操作期の重要な発達であるとした。前操作期の初期には、子どもたちはこうした表象の機能を多用する。葉っぱが船になったり、飛行機になったり、布切れが布団だったり枕だったり、など。

基本的には何かしらの類似点があることが多いとされている。発達が進み前操作期の後期くらいから、こうした個人的な表象の利用は減り、慣用的・社会的な記号が多用されるようになってくる。この移行は発達において非常に重要であり、「自己中心性」が「脱中心化」することとも関連して語られているアミニズム(すべてが生きているという呪術的な思い込み)も自己中心性の一側面(自分も生きているのだから石も)。



「前操作期」は2~7歳の時期を指しており、
ここでは4歳前後に発達的変化がありそれを境に2つの下位段階が設定されています。
その2つが「前概念的思考段階」と「直観的思考段階」です。




【前概念的試行段階】
象徴的試行段階とも呼ばれ、運動感覚的なシェマが内面化され始めてイメージが発生し、それに基づく象徴的行動が開始される時期です。
特徴として「見立てて遊ぶ」象徴的遊びが盛んになることが挙げられます。
この時期の子どもの「言葉」や「意味」を支えているものは、子どもの個々のイメージを中心とした「前概念」というべきものです(ちゃんと概念的に意味が分かっているわけではない)。
大体、1歳半~4歳ごろまでと言われています。


【直感的思考段階】
概念が進み、事物を分類したり、関連づけたりすることが進歩してくる段階を指します。
分類や状況の理解の仕方が、そのとき、そのときの知覚的に目立った特徴に左右され、一貫した論理操作は見られないとされています。
すなわち、見かけに関わらず対象の本質が保存されているという、保存の概念にまだ到達できていない段階と言えます。

大体、4歳頃~7、8歳ころまでと言われています。


具体的操作期(7~11歳)
1個○○円の鉛筆を20本買ったらいくら、といった具体的な事柄について論理的な捉えが可能になる段階(算数レベルの思考が可能)。
「可逆操作」(5つから2つあげたら3つになり、2つもらえば5つになる)が可能にならないと算数はできない。すなわち、「保存」が可能になる段階。
しかし、具体的体験と切れたところで、純粋に論理だけで考えるのは難しい。
この頃の理屈は、まだ自分自身の具体的・生活的な体験や欲求を離れていない論理で、独りよがり、一般性へと広げられないなど、いわゆる「子どもの理屈」となる。


形式的操作期(11歳~)
具体的・生活的な事柄やイメージを離れて、まったく抽象的な概念操作による論理的思考ができる知性段階。具体的・日常的な生活意識から遠く離れた事柄(アメリカと北朝鮮の関係が、世界の平和にどのような影響をもたらし得るのか等)に対しても、論理的に(感情的にではなく)考えをめぐらすことが可能になる段階。
数を文字式にしつつ考えていくためには、こうした抽象的な思考操作が求められる。「リンゴが3個」は具体的だが、「リンゴ3個でも、馬3頭でも、人が3人でも、3は3」というのが抽象的思考。具体的操作期では「算数」が、形式的操作期では「数学」が可能になるという印象。


理屈を理屈としてしっかりとこねることができる(数学レベルの思考ができる)段階。連立方程式、三角関係、微積分など、数学は算数的な具体性から遠ざかる。こうしたきわめて抽象的な論理操作が身についたときに、知性の働きはしかるべき到達点に至るとピアジェは考えた。

上記の特徴のため頭でっかちになり「地に足がついていない現実遊離した概念」にとらわれることも可能になる。

これが思春期心性を強く彩ることもある。




ピアジェの考え方

ピアジェは精神発達の基準や根拠を、記号論理学や数学に求めました。
ピアジェの発達論自体も、理論的な部分は抽象的な展開となっており難解で、読みこなすのが難しいのですが、ピアジェの発達論の論述を読みこなせるようになったなら、形式的操作期の完成と見てよいかもしれません。


ピアジェの発達論は、人間を「合理的(理性的)」な存在とみなす近代社会の人間観に立脚しています。
成熟した人間(大人、社会人)がもつべき合理的(論理的)な思考を、子どもがいかなるステップを踏んで身につけていくかを描いたものと言えます。




PiagetとVygotskyの視点の根本的差異
Piagetは前操作期に見られるような集団の中にいても他者とのやり取りに無関係な発話を「集団的独語」とよび、「自己中心性」の現われと考えました。


前操作期では、物事を相手側の視点に立って捉えるという認識の仕方が育っていません。
すなわち、物事を自分とは別の位置から見ている人にも、自分が見ているのと同じように見えていると考えてしまいます。
これを示す実験が「三つ山課題」が有名です。


このように視点の移行ができず、自分の側からしかとらえられない現象をピアジェは「自己中心性」と名付けました。
これは、一般的に理解されるような利己主義という意味ではなく、幼児が自分自身を他者の立場に置いたり、他者の視点に立つことができないという、認知上の限界を示す用語です。


前操作期の自己中心性は関係が発達していく過程で必然的に通過する現象です。
この「同じ」というとらえがまず根付くことによって、それが土台となって自身と他は「違う」という捉え方が可能になります。
この発達には養育者が大きく関わることになります。


こうした自分だけの捉え方から離れ、他者と共有できるような法則性・論理性(世界のルールなど)による認識ができるようになることを、ピアジェは「脱中心化」と呼んで幼児期から児童期への重要な発達課題としました。


これに対しVygotskyは、上記を「思考が外言から内言に移行する過渡的な現象」と捉えた点に違いがあります。

外言:
音声としての言葉。子どもが周囲の外言を聞き取り、自分で使うことで獲得していく。

内言:
外言を外言として使わず(外に言葉を出さず)、自分の中だけで使えるようになったものを指す。純粋な思考だけでなく、自身との内的な対話によって、自己調整機能に繋がるとされる。外言⇒内言となる過程で「独語」として示されるが、後に内言のみとなる。

ここにピアジェとヴィゴツキーの根本的な違いが現れています。

ピアジェが子ども自らが成長していくという面を強調したのに対し、
ヴィゴツキーは外部の刺激を取り入れ自分の内に融け込ませるという外的要因を強調しているのです。




ピアジェ|発達理論




Vygotskyの発達理論

ピアジェが論理的思考が可能になる経過として発達過程を説明し、ヴィゴツキーは社会・文化・歴史的に構成された人間関係や文化的対象を獲得していく過程として発達を捉えました。そのため、ヴィゴツキーの発達論は「社会文化的発達理論」と呼ばれています。


ヴィゴツキーは発達において以下の3点を重視しました。

対象世界:
発達内容や方向を決める「発達の源泉」としての、人や物、社会文化的制度

対象獲得活動:
子どもが積極的に自分のものにしようとする「発達の原動力」

支援活動:
「発達の源泉」と「原動力」の相互作用を媒介する大人や年長児の関わり(この点にVigotskyの独自性がある)
これらを前提にしながら、有名な「発達の最近接領域」について提唱しました。




ヴィゴツキーの理論では発達水準に以下のような区別があります。

(言われてもできない段階):
理論的には数えられていないが、実際的には当然有る段階。
この段階でしつこく言っても仕方ない。生理的なものと考えるのが特徴。

言われればできる段階(=発達の最近接領域):
他者の援助下で達成できる段階を指す。
大人が与える援助を「足場」と呼ぶ。

教育は、ここの段階で行われるべきであるとされる。

言われなくてもできる段階:
大人は徐々に「足場」を外していくことが大切になる。






ピアジェ|発達理論

















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